教員紹介

田村充正

Tamura. Mitsumasa

言語文化学科比較言語文化コース 教授


早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了


文学修士

  • 比較文学概論(人文社会科学部)
  • 翻訳論I(人文社会科学部)
  • 新入生セミナー(人文社会科学部)
  • 課題研究(人文社会科学部)
  • ロシア語II(人文社会科学部)
  • 文学翻訳論演習(大学院人文社会科学研究科)
  • 詩学研究(大学院人文社会科学研究科)


比較文学・ロシア文学

  • 『「雪国」は小説なのか―比較文学試論―』中央公論新社 2002年
  • 『川端文学の世界』全5巻 共編著 勉誠出版 1999年
  • ロシア語訳「源氏物語」―立ち現れる<声>たち―『想像する平安文学 4』所収 勉誠出版 1999年
  • 「かささぎ」論 共編著 『論集川端康成 掌の小説』所収 おうふう 2001年
  • 俳諧の翻訳―ロシア篇―『笑いと創造』所収 勉誠出版 1998年

  • 早稲田大学文学部非常勤講師 1992年4月-1994年3月

  • 日本ロシア文学会優秀報告賞(1993年)

  • 日本比較文学会
  • 日本ロシア文学会
  • 川端文学研究会
  • 昭和文学会

  • 川端文学研究会常任理事


 現在の研究テーマの一つは、19世紀末のロシアからソビエト時代にかけて、日本文学の古典作品がどのように受容されたかを整理し、その問題点を考察することにある。1917年のロシア革命以前における日本文学の受容については和歌がその中心にある。この和歌の受容はロシア固有の出来事ではなく、世界的な日本文化紹介という流れ、ジャポニスムの中で起きた現象である。西欧からロシアへ流れ込んできた日本文学、とりわけ和歌への関心の源には、翻訳にたずさわった欧米の外国人学者たちの仕事があり、英訳、仏訳、独訳された日本文学の作品をロシア語に重訳するところから、ロシアにおける日本文学の受容がはじまった。とは言え、今世紀の初頭のロシアに日本文学を受容するだけの下地がすでに形成されつつあったという事実も見逃せない。この時期すでに、E.スパリヴィン、S.エリセーエフ、N.コンラド、N.ネフスキイといった優れた日本学者たちが日本への留学を果し、独自の仕事を開始していた。また同時期にロシアの象徴主義詩人たち、とりわけK.バリモントがロシア語で書かれ、ペテルブルグで出版された山口茂一の著作「日本詩歌の印象主義」に深い関心をもって日本の詩歌を研究した出来事はロシアの日本文学受容を考える上で極めて重要であり、さらに詳細な調査が求められている。革命後の展開としては、N.コンラドの弟子たちによって「奥の細道」が世界で初めて外国語訳されたり、「萬葉集」が個人完訳された事実もさることながら、枕詞を巧みにロシア語に置き換えるその翻訳技法にも注目を払わなければならない。こうしたロシアの日本文学受容の調査と分析を中心に捉えながら、今後は20世紀初頭の<ロシアのジャポニスム>という観点から、より幅広い文化現象の研究を目指している。