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静岡大学英文学会会報

中世ヨーロッパの食養生
久木田直江
 昨年、静岡大学公開講座2008において「中世ヨーロッパの食養生」についてお話する機会を得ました。昨今、日本では食の安全が問われ、肥満によるメタボリック・シンドロームが社会の関心事でありますが、中世のヨーロッパにおいても食べることは健康であるための基本でしたので、このような話題は中世の文化を現代の問題にひきつけて考えるよいチャンスでありました。
 抗生物質も点滴もMRIもない中世では、ひとたび病気になれば、効果的な治療方法を見つけるのは困難でした。外科手術は最後の手段としてありましたが、手術を受けると多くの場合命を失いました。ペストが流行しても有効な治療方法はなく、医者は手をこまねいている状態です。そうであれば、病気にならないことが最も現実的な健康への道であると考えるのは自然であり、節制した生活を営み、食べ物の摂取をとおして健康維持につとめる養生法があらゆる階層の人びとに受け入れられたのです。
 養生法に関する中世の書物として12-13世紀に書かれた『サレルノ養生訓』(Regimen sanitatis Salernitanum)が広く知られています。同書はエンペドクレス、ヒポクラテス派の学者、ガレノス等が確立した古代の養生法に倣って書かれていますので、中世ヨーロッパのキリスト教徒が古代の医学を継承したことがよくわかります。
 『サレルノ養生訓』は英国王に献呈された健康の規則で、教訓詩韻の形式をとっています。韻を踏んでいるのは、実際に声に出して覚え、日常的に活用するためだったからです。英国王とは征服王ウィリアムの子、ノルマンディー公ロべルトのことで、パレスティナからの帰途、腕の傷を癒すためにシチリアのサレルノにしばらく滞在した経験があります。この本の内容は理性的な生活方法のすすめで、健康を維持・増進するための6つの生活の基本に則っています。その基本とは、空気などの環境を整える、食物と飲み物に配慮する、運動と安静の時間を適宜とる、睡眠時間の調整をして過度の睡眠と不眠を避ける、また、体液の排泄(性交、瀉血を含む)によって体液のバランスを保持することです。さらに、喜び、怒り、恐れ、不安などの感情をコントロールし、人格を磨くことも大切でした。ですから、「怒りは健康によくない」、「ワインを飲みすぎてはいけない」など具体的に指南されるわけです。このように、理性を使い、体液のバランスと心の平静に留意することで健康が保持されます。特に、飲食が重視されているのは、「食べ物は治療薬」というヒポクラテス派やガレノスの体液病理学に基づく伝統的な考え方があったからです。


古代ギリシャの体液説
 ここで、体液説について概観しましょう。体液説は古代ギリシャのエンペドクレスが唱えた自然観に由来しています。エンペドクレスは、宇宙は土、水、空気、火の4元素から成り立ち、さらに、この世にあるすべてのものは二組の元素の組み合わせによってできる温、寒、乾、湿の4つの性質に分類されると考えました。温は火と空気、寒は水と土、乾は土と火、そして湿は空気と水の組み合わせですが、配分の度合い(1度から4度の4段階)によって性質に強弱がつきました。つまり、理論的には4つの要素の組み合わせとその配分によってこの世のすべてのものに固有の特質が説明できることになるのです。さらに、ヒポクラテス派はこの理論を体液生理学に応用し、空気、火、水、土の4元素を血液、胆汁、粘液、黒胆汁の4体液にそれぞれ対応させました。そして、人間の気質は主にどの体液が支配しているかによって、多血質、胆汁質、粘液質、黒胆汁質の4つに分類されると考えたのです。
 食養生において重要なのは、食物にも温、寒、乾、湿を基本とした固有の性質があることです。摂取する食べ物の性質が体液に大きな影響を及ぼすのです。食べ物は薬にも毒にもなるわけですから、すべてのものが何の混成物であるか、また、どのような割合であるかを摂取する側の人間は把握する必要がありました。


『健康全書』
 食べ物の性質はどのように理解されたのでしょう?中世の科学は百科全書的です。11世紀にバクダッドで医学を学んだキリスト教徒の医師イブン・ブトラーン(Ibn Butllăn)はTaqwīm al-Sihhaと云うアラビア語の書物をラテン語に翻訳しました。この書物は健康のために役立つ事物の情報を表にまとめたもので、直訳すれば『健康表』であり、その名のとおり、個々の食物の温、乾、寒、湿と云った性質とその度合いが表に明示されています。しかし、健康に関するさまざまな知識がまとめられていますので、しばしば『健康全書』(Tacuinum Sanitatis)と呼ばれています。ブトラーンは食餌に留意して摂生につとめ健康に暮らすことを提唱しました。彼の健康と衛生に対する考え方も体液説に基づくバランスの健康学を基本としています。ブトラーンの表は人びとの注目を集め、14世紀末の北イタリアで、図版を中心とした写本が作成されました。
 具体例を紹介しましょう。春野菜のアスパラガス(図版1)は温1・湿1、ハーブのサフランは温1・乾 1、バラ(図版2)は寒1・乾 3の性質をもつと考えられました。レタスは寒1・湿2なので、ほてった肌を冷やしたり、痛みを鎮める効果がありました。

図版1 図版2


カモミールは温1・乾1で穏やかな効き目があるとされ、広く使われました。肉類では、鳥肉は温・湿ともに理想的な食べ物と考えられました。家禽類ではニワトリやひよこ、オンドリなら若鶏を去勢すれば食用に適しました。豚やラムも去勢し、丸々と太らせました。理由は簡単です。雌は雄より水分が多く美味しいからです。穀類は薬としても使われました。米はアジアの穀物ですが、イタリア人の薬剤師が薬用に輸入していましたし(図版3)、イタリアでは15世紀の中ごろから終わりにかけて、米の栽培が始まっています。

図版3



食事療法
 中世の医師は6つの生活の基本や解剖学、体液病理学などを学んだ上で、診断・治療しましたが、その中心は栄養指導による治療です。中世の医師は現代の管理栄養士の役割を担い、食べ物を薬として処方したのです。裕福な家では住み込みの医師がいて、一家の体調の維持にあたりました。フランスのブルゴーニュ伯爵は6人の侍医を雇い、伯爵が食卓に着くと、医師が食べ物や飲み物をすべて調べ、健康の維持にふさわしいかどうか助言しました。
 14世紀のイギリスを代表する詩人、ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』のプロローグに巡礼の一人として登場する医師は、水分が多すぎず、栄養に富み、消化によい食事を摂るよう指導します。

(その医者は)病気という病気の原因でも、温、寒、湿、乾のいずれであれ、よく知っており、どんなところに病気が生れ、どんな体液からそれが生じたかを知っていた。
. . . 食事はほどほどにしていました。というのは、決してたくさん食べるのではなく、非常に栄養があって消化しやすいものだけを食べたからでした。
(ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』(上)、桝井迪夫訳岩波文庫、1995年、36-37、頁)


 その一方で、ハーブやスパイスのなかにはその性質ゆえに、薬としての摂取が禁忌とされる種類のものもありました。ペストの予防に使われたレシピがそれを物語ります。1347年、ペストの波が初めてヨーロッパを襲って以来、ペストは周期的にヨーロッパ各地で流行し、14-15世紀のヨーロッパはペストの脅威に晒された。この間、人口の3分の1(都市部では3分の2)以上のいのちが失われたと推定されます。ペストは発汗病とも言われ、温・湿の多血質の疾病と考えられていました。ですから、健康な人はペスト患者の汗や息によって汚染された空気に触れないよう指導されました。汚染された空気は毛穴を通して体内に入ると考えられ、毛穴を閉じるような工夫がなされたのです。食事においても、香辛料、葱、にんにく、香りの強いワインなどは体温を上げ、発汗しやすい食べ物でしたので禁じられました。反対に、酢は積極的に使用され、外出や伝染源に近づくときは、酢を含ませた布で鼻と口を覆い、食べ物にはスパイスではなく酢を用い、家の中にも酢をまきました。酢は寒1度、乾3度だったので、防腐効果を期待できたのです。


まとめ
 中世ヨーロッパの養生法とは治癒学の一部門ですが、まさしく生活方法による治療でありました。6つの生活の基本はホリスティックな人間観を反映しています。特に、ギリシャ・ローマ医学の4大元素説と体液説に由来する食養生では、食べ物の性質と摂取する人間の体質が密接な関係にあると云う理解の上で、健康の維持が推進されました。病気、飢饉、天災、災害の危険に晒され、近代科学の恩恵を受けずに生活を営んだ人びとにとって、食べることは命そのものであったことが伝わってくるようです。現代の食や健康の問題に少なからぬ知恵を与えてくれると感じつつ、筆者は風邪の予防にショウガ湯をすすり、早寝とストレスをためないことに心がけるこの頃です。




Southern “Comfort” Foods and Ralph Ellison’s Invisible Man
Steve Redford

   This past October, our 英米言語文化コース teachers offered a series of lectures――英語圏を味わう:「食」を通して触れる文化と文学――at B-nest in downtown Shizuoka City. I was one of the participants and spoke about the food culture of the American South and Ralph Ellison’s Invisible Man.
   It may sound strange, but although I was born and raised in the American South and lived there for the first thirty years of my life, I did not feel confident that the food culture I remembered was representative of some real “southern food culture.” Thus, as preparation for my lecture, I refreshed my memory with an online search and came across a page entitled “Ben’s Top Ten Southern Comfort Foods.” I don’t know who Ben is, but as I read his list a wave of familiarity rolled over me. The foods he listed were not necessarily foods that “comforted” me when I was growing up, but they were foods I remembered as being popular in and around Georgia, where I grew up. For what it’s worth, here is Ben’s list. It’s a top ten list but goes to eleven! 1. Grits (a porridge-like dish made from roughly ground corn). 2. Cornbread. 3. Butter beans. 4. Okra. 5. Greens (green leafy vegetables, like turnip and collard greens). 6. Iced Tea (it gets hot in the South). 7. Coca-cola (very hot!). 8. Chess pie (look it up!). 9. Melons. 10. Goo goo clusters (an enormously high-calorie delight with chocolate, caramel, marshmallow, and nuts. I used to see them at truck stops when I was a kid, but I don’t remember eating them very often). 11. Salt (I mean it is really really hot in the South, and traditionally it was an agricultural region in which a great many people worked outside in the sun all day—they needed a high salt intake. Now, however, a love of salt is the cause of a lot of high blood pressure).
   Two interesting points about this list. One, after I read through it, I called my mother and stepfather—longtime southerners—to see what they thought about it. My stepfather approved of grits being number two. My mother didn’t. My mother was terribly upset that blackberry pie wasn’t on the list at all. That was an injustice, she said. All to say that individual tastes are as important as cultural tendencies when it comes to matters like these.
   And two. Many of the items are not only associated with “southern foods” in general, but with “black southern foods”—and many of the items sometimes considered a part of black food culture (again, lots of variation, so let’s not over-generalize) are related to the history of American slavery. Melons and okra are thought to have been brought to America from Africa. During the days of slavery, blacks often had to make do with what their white owners threw away. Thus they might get the leftover greens from turnips, or after the whites took all the prime cuts of meat from a pig, the blacks might get the internal organs and extremities: intestines, ears, and feet. Turnip greens and chitterlings (pig intestines) became well-known items in black cuisine—in what later became known as “soul food.”
   The events of Ralph Ellison’s Invisible Man take place in the period between the two world wars. The setting for the novel is, first, the American South, and then, New York City. The novel’s nameless hero is a black man desperately trying to discover his own identity in an American society full of racial hatred and stereotyping. He is desperate to define himself in a way that others cannot by merely looking at the color of his skin.
   But of course he is black, and his cultural upbringing, including his food culture, is “black,” and while he needs to feel he has a “cultural” home—as we all do—he feels shamed by the fact that his “cultural” home is, to some degree, a culture derived from slavery—and looked down upon by American society as a whole.
   To me, one of the most moving passages of the novel is the one in which he is walking along the streets of New York City on a blistery winter day, lost and cold, wondering who he is, wondering who he will become—when suddenly, from a street vendor’s wagon, the aroma of a baking yam wafts through the frigid air, enticing him. Yams, too, were a major item in black food culture, and this aroma of baking yams overwhelms the emotions of the nameless hero. He can imagine nothing more delightful than biting into the sweet, juicy, steamy pulp of a yam—he grew up eating them—but at the same time, he cannot help but feel that his desire for a yam identifies him with both a historical tradition and a social class that he would like to forget. What should he do? Imagine that there was a stigma attached to your food culture. Imagine you would be pigeonholed, in a negative way, were you to delight in your family’s all-time favorite dish. What would you do?
   In the end, the hero eats his yam and finds it “exhilarating.” At the same time, he worries, “What a group of people we were. Why, you could cause us the greatest humiliation simply by confronting us with something we liked.” At the end of this scene, however, he seems to realize that you have to be whoever you think you are, no matter how other people’s negative ideas may tempt you toward guilt and low self-esteem—and he finally declares, “[T]o hell with being ashamed of what you liked. No more of that for me. I am what I am!”
   There is little doubt that the foods we grew up eating are a part of who we are. Maybe they’re chitterlings and greens and yams, maybe they’re something else. But no matter what they are, let’s enjoy them. Let’s let everyone enjoy them.




研究室だより
(2009年2月 服部記)

 会員の皆様、お変わりございませんか。『英文学会会報』WEB版第4号をお届けいたします。
 厳しい経済情勢のなか、新しい年がスタートしましたが、相変わらず昨年も国の内外で様々な出来事が起こりました。まず取り上げなければならないのが、米証券リーマン・ブラザーズの破綻を機に、米国発の金融危機が世界各国に波及し、わが国にも甚大な影響を及ぼしたことでしょう。経済情勢は混迷を極め、学生諸君の就職にも少なからぬ影響を与えており、わが静岡大学の学生のなかにも就職内定を取り消された人が出ていると聞いています。厳しい状況はまだ当分続くかとも思われますが、一日も早い回復を望みたいものです。また、米国大統領選挙では、民主党のオバマ候補が圧勝し、米国初の黒人大統領が誕生することになったのも大きなニュースの1つでしょう。さらに、日本人として最も喜ばしかったのは、物理学と化学の分野で、一度に4人のノーベル賞受賞者が誕生したことでしょう。受賞者の一人、素粒子理論の小林誠氏は「疑問にぶつかっても分からないとあきらめず、考え続けるのがよい」と述べておられますし、一方の益川敏英氏も「科学にロマンをもつことが非常に重要である」旨の発言をされています。いずれも、学問を志す者にとっては、傾聴すべきことばであると思います。
 さて、今回のWEB版会報第4号には、昨年度に引き続き行われた、静岡大学公開講座(2008年10月18日(土)。於静岡市産業交流センター(B-nest))において、「英語圏を味わう~「食」を通して触れる文化と文学~」と題して講義されたもののうち、お二人のかたに、その講義内容にそっておまとめいただいたものを掲載いたしました。この講座は、各講師が「食」を切り口に英語圏の文化と文学について解説したもので、本会報では、久木田直江先生に中世ヨーロッパの視点から、スティーブ・レッドフォード先生には現代アメリカの観点から、それぞれ「食」について論じていただきました。どうぞご堪能ください。
 今年度の英米言語文化コースの在籍学生数は、3年生23名、4年生31名であり、昨年度同様かなりの大所帯となっています。また、このうち数名が現在海外留学中である点も例年同様の状況です。厳しい経済情勢のなかにあって、今年度の4年生の就職状況が憂慮されましたが、何とか皆さん頑張って、希望の就職先に落ち着いたようです。大学院には英語英米文学関係者は英語学関係で1名が入学し、日英語の音声・音韻構造の比較研究を行っています。近年、本学の人文社会科学研究科への入学希望者は減少傾向にあり、誠に残念です。昨年の本欄にも書きましたが、英米文学・文化、英語学関係の大学院生が必ず数名は在籍しているという状況が続くことを期待します。院生と学部生が勉学面で交流し、それぞれに刺激し合って精進するという状況が理想的であろうと考えます。わけても、中・高の教員志望の学部生諸君には、学部卒業と同時に教職に就くのではなく、じっくり構えて、大学院で一層の研鑽を積んだのちに就職する道もあるということをご一考いただければ有難いと考えています。
 ところで、わが『英文学会会報』がWEB版となって、はや4号目となるわけですが、WEB版と言えば、1つ残念なニュースが飛び込んできました。英語・英文学関係の雑誌としては老舗中の老舗である『英語青年』(研究社発行)が本年3月号をもって、紙媒体としては終刊となり、オンライン・マガジン『WEB英語青年』として再スタートを切ることになったそうです。オンライン版としては継続されるものの、紙媒体に対するこだわりの強い、旧いタイプの人間であり、学生時代以来ほぼ40年近くも本誌を愛読してきた筆者などにとっては、寂しい限りです。しかし、これもまた時代の趨勢として受け止めざるを得ないことなのでしょうか。



静岡大学英文学会会報

第28号(WEB版第4号) 

〒422-8529 静岡市駿河区大谷836

静岡大学人文学部
英米言語文化研究室

電話 054-237-1111(代表)




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