人文社会科学部のあゆみ



旧制静岡高等学校時代
          1922(大正11)
1923(大正12)

1924(大正13)

 
1926(大正15)
1930(昭和 5)

1931(昭和 6)
1932(昭和 7)

1933(昭和 8)
1937(昭和12)
1938(昭和13)
1939(昭和14)
1940(昭和15)
1943(昭和18)

1945(昭和20)

1947(昭和22)

1948(昭和23)
1949(昭和24)
1950(昭和25)
 
8.24
3.10
4.13
4.10
4.―
10.28
3.10
5.25
5.29
4.―
3.14
6.18
9.15
9.15
7. 6
6.14
12. 2
2.28
10.20
6.20
9.25
5.―
10.14
4.―
3.16
3.31

  

 
静岡高等学校設置、校長金子銓太郎
本館竣工
入学式、入学者200名、授業開始
寄宿寮が開設される
校歌が制定される
理科教室・実験室・図書閲覧室竣工
第1回卒業生、143名卒業
読書会事件で20人検挙
天皇が静高に行幸
共産党系の生徒6人検挙
国家主義的生徒の団体、岳南会結成
読書会で生徒6人検挙
共産青年同盟12人検挙
防空訓練実施
全校生徒による集団勤労作業実施
満洲派遣勤労報国隊に静高生5名参加
校友会解散、静高報国団結成
仰秀寮解散式挙行
学徒出陣式行われる
静岡大空襲で校舎の一部焼失
授業再開
女子講座開催(1948年3月まで)
民主化運動活発化
文科二組丙クラスに女子学生2名入学
静岡大学設置申請が大学設置委員会総会で認可
旧制静岡高等学校が廃止される
 
静岡大学文理学部時代
 
1949(昭和24)

   
 
 
1950(昭和25)
1952(昭和27)

1953(昭和28)
1955(昭和29)

1958(昭和33)
1960(昭和35)
1961(昭和36)
1964(昭和39)
1965(昭和40)

 
1972(昭和47)
 
6. 1
6.15
6.29
7. 1
9. 1
9.17
3.31
5.30
4. 1
7. 1

4. 1
6.16
6. 5
1.31
1.20
4. 1

3.31
 

 
静岡大学が発足(文理・教育・工学の3学部からなる)
第1回入試実施(文理学部定員200名)
女子学生1名が文理学部に合格
第1回入学式挙行
静岡大学文理学部開講
女子講座開催(1951年2月まで)
静岡県立法経短期大学設置認可
学生自治会、「破防法」反対でスト
医学部・歯学部進学課程を廃止
法経短大を国立に移管、
静岡大学法経短期大学部となる
附属放射化学研究施設を設置
教授会が安保反対を声明、学部集会を開催
「政暴法」反対で、自治会らがスト
三笠宮崇仁親王、集中講義でオリエント史を講じる
文理紛争始まる(6月まで)
文理学部を人文・理学の2学部に改組、
教養部を設置
文理学部、最後の卒業生を出し、名実ともに廃止
 
静岡大学人文学部、人文社会科学部時代
 
1965(昭和40)
1966(昭和41
1967(昭和42)
1968(昭和43)
1978(昭和53)
1981(昭和56)
1982(昭和57)
1992(平成4)

1995(平成7)

 
1997(平成9)
1999(平成11)
2012(平成24)
 
4.16
11.13
7.14
8.1
4.1
3.20
4.1
4.1

10.1

 
4.1
3.31
4.1
 

 
人文学部第1回入学式
旧制静岡高等学校戦没者慰霊祭が開かれる
法経短大学生自治会、大谷移転反対闘争を開始
大谷地区の新校舎に移転(現・共通教育L棟)
法経学科を法学科・経済学科に改組
人文学部校舎が竣工
社会学科を増設
社会学科および人文学科を社会学科と
言語文化学科に改組
教養部廃止、人文学部法学科・経済学科
および法経短期大学部を改組し、
昼夜開講制の夜間主コース設置
大学院人文社会科学研究科を設置
法経短期大学部を廃止
人文学部を人文社会科学部に名称変更
 
(参考文献)
・旧制静岡高等学校同窓会・静岡大学寮誌刊行委員会編『花時うたふへし―仰秀寮誌』同所、1987年。
・静岡大学50周年記念誌編集員会通史編小委員会編 『静岡大学の50年 通史』静岡大学、1999年。