上利 博規 教授
専門
哲学 (Philosophy)、芸術文化 (Art Culture)。現在関心をもっていることは以下の4点です。
- ヨーロッパに偏重してきた諸文化(学問や芸術)の修正、及び日本文化とのすりあわせ。
- 表現文化が与える癒しや希望の可能性。広義での「芸術療法」。
- 地域における文化活動・文化創造。「まちづくり」における文化施設の役割、あるいは文化政策。
- 脱構築的な思考を展開する現代思想・現代文化
最終学歴
1988年3月 東京大学大学院人文科学研究科倫理学専攻博士課程単位修了
学位
1983年3月 文学修士(東京大学)
著書
- 『人と思想 デリダ』(単著、清水書院、2001.4)
- 『歴史の現象学』(共著、平8.6月、世界書院)
- 『ハイデッガーを学ぶ人のために』(共著、平6.11月、世界思想社)
- 『岩波講座現代思想8 批判理論』(共著、平6.2月、岩波書店)
- 『哲学のトポス』(共著、平4.3月、八千代出版社)
- 『倫理のプロブレーマ』(単著、平1.4月、梓出版社)
- 『美学理論の展望』(共著、昭62.4月、梓出版社)
論文
- 「芸術・芸能と性」(『ジェンダー&セクシュアリティ』平成17年度静岡大学人文学部裁量経費報告書、p.43~51、2006,3)
- 「呼吸する身体から考えるインドの音楽」(『アジア研究』第2号、p.1~15、2006.3)
- 「芸術・芸能文化から見た遠江の歴史と現代」(『遠江の歴史と文化の創造』静岡大学人文学部、p.1~18、2006.3)
- 「『静岡寶塚劇場ニュース』に見る昭和13年~昭和15年の静岡」(『駿府・静岡の芸能文化』、p.44~53、2006.3)
- 「芸術といのちの美しさ」(『生命ケアの比較文化論的研究とその成果に基づく情報の集積と発信(平成15年-17年度科学研究費補助金研究成果報告書』、p.222-227、2006)
- 「芸術・芸能文化から見た伊豆の歴史と現代」(『伊豆の歴史と文化の創造』、静岡大学人文学部、p.1~p.23,2005.3)
- 「近代化における自画像としての中国映画」(『アジア研究』第1号、静岡大学人文学部、p.1~p.31,2005.3)
- 『駿府・静岡の芸能文化 第3巻』(静岡大学人文学部、p.1~p.51,2005.3)
- 『デリダの芸術論における他者性と責任概念が有する倫理学的意義の解明』(平成15年度~平成16年度科学研究費補助金(C)(2)研究成果報告書、課題番号15520013,2005.3)
- 「「絵画における真理」をめぐるデリダの言説」(『静岡大学人文学部人文論集』第55号の2、p.1~22, 2004)
- 「非現前的表現としての自画像」(『静岡大学人文学部人文論集』第55号の1、p.13~28, 2004)
- 「デリダ、写真と他者のエクリチュール」(『文化と哲学』静岡大学哲学会第21号、p.1~23,2004)
- 「記号と論理、一九六十年代のドゥルーズ」(『静岡大学人文学部人文論集』第53号の2、2003)
- 「今必要とされるアジアの知」(『アジア遊学 アジアの進路と地球の運命』勉誠社、2003)
- 「脱構築する東南アジアの現代美術」(同上)
- 「フーコー、病から芸術へ」(『静岡大学人文学部人文論集』第53号の1、29~49頁、2002)
- 「careとhospitalityとしてのart」(『静岡大学人文学部人文論集』第52号の2、p.17~30、2002)
- 「芸術の臨床人間学」(科研費補助金研究成果報告書『いのちとこころに関わる現代の諸問題の現場に望む臨床人間学の方法論的構築』、p.145~165、2002)
- 「 アドルノのポピュラー音楽批判の限界--音楽文化論の組み替えのために」(『静岡大学人文学部人文論集』第52号の1、2001)
- 「哲学教育と大学」(『文化と哲学』静岡大学哲学会第18号、2001)
- 「アドルノとアルバン・ベルク--近代の清算としての極小的移行」『静岡大学人文学部人文論集』第50号の2、2000)
- 「ナチズムにおける『近代の清算』と芸術」(『文化と哲学』静岡大学哲学会17号、2000)
- 「デリダとハイデガー--signeの固有性をめぐる政治学」(『ハイデガーとの対話』理想社、2000)
- 「デリダと性(Geschlecht)」(『文化と哲学』静岡大学哲学会第15号、1998)
- 「デリダと文学」(『静岡大学人文学部人文論集』第49号の1、1998)
講演・学術発表
翻訳
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