カテゴリー: おすすめの場所(海外)

旅の比較文学文化

コミュニケーションがとれる「言語」能力は身に着けていくべきものです。世の中は自分と同じ意見の人間ばかりではありません。異なる意見の人間でも、異なる文化的社会的コンテクストに置かれた人間でも納得できるように、状況に応じて持論を説得力をもって展開するコミュニケーション能力が必要です。その前提となるのが法制度なり国際関係なり歴史なり異文化なりについての「教養」です。現代日本では教養は異様に軽視されていますが、それは教養が不要だからではなく、その欠如を何とも思わないという風潮が、昨今の問題の根底に共通して存在しています。

比較文学文化研究の目的の一つは、人類が築いてきた様々な文化を,「学際性」と「現代性」という問題意識のもとに比較・検討し,個別の学問分野に閉ざされることのない,開かれた知とバランスのよい批判的思考力を培うことです。旅や留学は,大学で学んでいく知識と、国際的なコミュニケーションやグローバル化する社会に求められる問題解決や交渉について実感させてくれます。

大学生活が経済的にギリギリであったり、また外国に興味が湧かない学生もいるでしょう。ただもし、外国の文化に関心があり、チャンスに恵まれたら、学生時代という時間と体力と柔軟性のあるうちに海外に出るのもいいでしょう。短期間の旅であっても、グローバル化社会において必ず関わる外国の文化を知り、日本について改めて見つめなおすいい機会になります。

静大では就職に関して「磨くのは英語だけでよく、他の外国語は不要。掃いて捨てるほどの外国語大学が日本にあるのだから、英語圏に留学すること」と指導されることもあるようですが、それは理解の欠如です。商社や建築、農業といった分野で、広大な海外に派遣され、その日から現地語を用いて仕事をしなければならくなった、という卒業生の話を度々聞きます。また、海外に出張すると、「日本人は言語があまりにできない」と日本人だけで固まっているジェスチャーと共にどこの国に行っても言われます。英語で最低限のコミュニケーションがとれても、オフでの立ち話、一緒にする食事などの会話は現地語で交わされ、そこでぐっと信頼関係が深まり、孤立も緩和されるでしょう。どの学部学科の所属していても、文系の技術である語学+専門知識があると強みが違います。英語圏そしてそれ以外の様々な国にも目を向けて下さい。知識に加え、実体験が伴うと発想の幅が広がります。

以下は比較文学文化コースの花方先生のご意見の抜粋です。

「静大だけに限らないのだが、日本ではなぜか「グローバル化=英語」という思い込みが一人歩きしていて、英語さえできれば他の外国語は不要という極論が振り回されがちだ。これは日本人の多くが持つ英語コンプレックスの裏返しではないかと思われるが、実際に外国に出、外国人と接する者ならばすぐにその誤りに気づくだろう。「グローバル化」の現在、国際的な場においては自国語と英語に加えてもう一つの言語が求められることが多くなっているのだ。英語さえできればという考えがアメリカにおいてももはや有効ではないのは、『イングロリアス・バスターズ』や『ラッシュアワー3』といったハリウッド映画においてすら、「英語しか分からない」アメリカ人が風刺の対象となっていることからも明らかだ。もちろん日本人学生の場合、英語は様々なメディアにアクセスする上で必要不可欠な第1外国語だが、日本語が日本以外ではほぼ用いられていない以上、英語圏以外の出身者と会話をする時には、もう一つ使える言語があるとないとで便利さがまるで違ってくる」

人文社会科学部は英語教育に力を入れる一方、英語以外の初修外国語も必修です。文化と言えば、国や地域の名称と結びつけられることが多いのですが、人もモノも地球規模で移動する世界にあって、文化だけが国や地域のなかにおさまっているはずがありません。様々な国々が対象である比較文学文化で学び、旅でフィールドワークをしてみて下さい。

ただ、日本の外に出るにあたっては防備が必要です。以下は、ガイドブック+αの準備についてまとめました。

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事前に気温や注意事項といった情報収集をしっかりし、日本から現地の滞在先・訪問先へのルートをしっかり把握する。

書類
* クレジットカード紛失時の現地からの連絡先
* 旅行会社の現地での連絡先と営業時間と休業日
* 日本大使館の所在地
* 宿泊先や訪問先の住所・地図
* パスポートのカラーコピー
* 証明写真
* 旅程全体のプラン(日程・行程)
* 保険会社の提携病院の住所と地図(提携病院が近くにある保険だとお金がなくても安心です)

→これらのコピーを数部準備し、荷物内に分散させる。

持ち物

* 使い慣れないものは持って行かない。特に旅行用となっているものを準備するよりは、物干しなど普通に売られているものが便利です。

* ポンチョや超軽量折り畳み傘など雨具。
* 洗濯石鹸が一個あるとずっと使えて安上がりです。
* トイレットペーパーを1ロール入れておくと、邪魔になるかもしれませんが、助 かる時にはこの上なしです。
* 大抵のものは現地で揃いますが、ボディタオルや爪切りは日本のものがいいでしょう。

* 洋服は伸縮性の高い風呂敷に包むと寒い時の防寒対策にもなります。

* 液体、リチウム電池の予備のバッテリーの所持に注意して下さい。

* 空港で契約した、もしくは海外のフリーのwifi等でカード情報流出が問題になっています。データ管理に注意して下さい。

* ガイドブックが一冊あると便利です。

* 訪問先の国、美術館などを事前に予習をしておくと後悔が少なくて済みます。

 

外国は、治安が日本と比較にならないほど悪いです。「盗まれる方が悪い、騙される方が悪い」という感覚を持っておきましょう。親切な人や気さくな人は、ありがたい存在ですが、まず疑いをもってかかりましょう。テーブルの上や椅子の上に持ち物を置かず、必ず手に持っておきましょう。荷物はできるだけ少ない方がいいです。

気が進まない時、調子が優れない時は潔く諦めて予定を変え、できる範囲のことをするか休みましょう。

海外では一か月が日本の数年分に匹敵するほどの密度の濃い体験をするでしょう。いい思いもすれば嫌な目にも沢山遭います。浮かれたり、逆に嫌な思いに囚われ過ぎないよう、冷静さを保つことを心掛けて下さい。

スペイン留学情報

個人の留学

マドリッド・コンプルテンセ大学附属語学学校(短期・長期) …静岡大学人文社会科学部の協定校で、長期留学について2名までは学部の授業を無償で履修することができます。短期留学も様々なプログラムがあります。日本人のほとんどいないやりがいのあるコースです。

https://www.ucm.es/ccee/cursos-presenciales-2014-2015

マドリッド・アルカラ大学附属語学学校Alcalingua(短期・長期)…静岡大学人文社会科学部の協定校で、長期単位互換留学、特に夏期短期留学には静大から既に多くの学生が参加しています。千葉大、津田塾大、学習院大学、北海道大学など他大学との合同プログラムなので、交流の輪を広げるよい機会にもなります。

http://www.ainessa.com/study/madrid/alcalingua.htm#.VSSE8tGJipo

現在比較文学文化で協定を準備しているアンダルシアのハエン大学は、まだ日本人留学生がおらず、やりがいがあります。頼れる先生方もいます。

http://www10.ujaen.es/conocenos/centros/cealm/estudiantes_erasmus

サラゴサ大学、マラガ大学は非常に安い授業料で、大学附属語学研修を行っています。

サラゴサ大学

https://cursosdeespanol.unizar.es/

マラガ大学

http://www.uma.es/centrointernacionaldeespanol/

メネンデス・ペラーヨ国際大学…様々な専門の授業を外国人に開講しています

http://www.uimp.es/actividades-academicas.html

ビザの取り方 (スペイン大使館領事部)

留学、 研究 査証・長期

*宿泊については最初の3か月をホームステイにすると生活に慣れるまで安心です。年末年始に滞在すると様々な行事にも参加できるかもしれません。

GEO社

もしスペインへの個人留学を考えているならGEO社を紹介します。静岡大学の学生であれば、入学先が大学でも語学学校でも全て無料で手続きして下さいます。入学許可証と宿泊証明書の取得、宅急便によるスペインからの書類の発送、スペイン大使館での留学ビザ申請のサポート(申請に係る公式書類の配布)、到着後の現地スタッフによるサポートなどを無料で利用できます。日本語での対応も可能です。スペイン到着時のピックアップサービス(実費負担)も手配可能です。

スパニッシュ・コミュニケーションズ

スペインのみならず中南米の留学をサポートしてくれます。https://www.facebook.com/spacom1/timeline

* HISなどからイギリスなど他の国々への留学の資料や外国語関係のアルバイト情報も大原志麻研究室で預かっています。

2015年 セビーリャ事情

スペインと聞いてイメージするフラメンコ、闘牛、白い村、イスラーム支配による異国情緒など、それら全てが凝縮されているのがアンダルシアです。マドリッドからAVEで2時間半で着くアクセスの容易なセビーリャは、オペラ『カルメン』や『セビーリャの理髪師』の舞台として知られています。ローマ時代の属州ヒスパニア・バエティカの主要都市として、カスティーリャ地方とは対比的に、速やかにローマ化されたことを誇りとしています。現在も街の至る所からローマ遺跡が出土します。西ゴート王国の時代には一時首都となりました。西ゴート王国崩壊後は、イスラーム文化繁栄の舞台となりました。ヒラルダの塔や黄金の塔はこの時代に建造されたものです。セビーリャは現在もナスル朝アイデンティティが強いです。

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レコンキスタ終了後はアメリゴ・ベスプッチがセビーリャ港から出港することを皮切りに、新大陸との交易の中心となっていきました。ヒラルダの塔の隣にあるモスク跡に15世紀に建設されたカテドラルにはコロンブスの墓もあります。エル・エスコリアルの建築家フアン・デ・エレーラが手掛けたルネッサンス様式のインディアス古文書館には新大陸に関する資料が保管されており、コロンブス、マゼラン、コルテスの自筆文書や、トルデシージャス条約を見ることができます。史料のデジタル化が進んでいるので研究しやすいです。

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以前は非常に治安の悪かったセビーリャですが、現在は街全体が整備されていて、アルカサル、サンタ・クルス街、地元で「きのこ」と呼ばれているメトロポル・パラソル、マエストランサ闘牛場等々簡単に歩いて見てまわることができます。

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コンスティトゥシオン通りを下るとインフォメーションがあります。ここで、公共の交通機関では回りにくい白い村周遊や世界遺産ドニャーナ国立公園、国境の近いポルトガル南部巡りなどのリーズナブルな価格でのガイド付きツアーを手配してくれます。

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インフォメーションで車を手配してもらってまず、アルタミラの洞窟壁画に比肩する(といわれている)旧石器時代の壁画を見にピレタ洞窟に向かいます。当日の思い付きだと予約でいっぱいで入れないことがあるので、前日までに希望を伝えると確実です。

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サハラやセテニルといった白い村もお勧めです。ナポレオンに見つからないよう上からは見えない場所に村が作られています。Setenil de las BodegasのBodegasはローマ時代からワインの産地として知られたことから来ています。キリスト教徒がイスラーム教徒から奪回しようと7回攻めても攻略できなかったことからなまってセテニルの名がつけられています。イサベル女王がグラナダ陥落前に早産し亡くなったセバスティアン王子がこの村の守護聖人となっています。

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ナスル朝の通商の要所だったロンダは近代闘牛の創設者ロメロが生まれた街で、由緒ある闘牛場が残っています。

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有名なヌエボ橋。

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現在のロンダとは別の場所にローマ時代のロンダがあります。

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このようにインフォメーションで手配すると1日でセビーリャ、カディス、マラガ県の名所をまわることができます。

セビーリャに戻って今度はバスで20分とほど近いイタリカに行きます。こちらはハドリアヌス、トラヤヌス、テオドシウスといった皇帝が生まれたことで有名な地です。2万5000人を収容する円形劇場やモザイク、テルマエ・ロマエが残っています。
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夜はフラメンコを見たり、バル巡りでフラメンキンを食べたりして、スペイン文化を満喫して下さい。

2015年 モゲル(アンダルシア地方ウエルバ県)

10月30日に大学会館にて催される朗読劇「考える森の朗読会~言葉の森に迷う動物たち~」のスペイン語の朗読作品は『プラテーロと私』です。作品の舞台となっているモゲルを紹介します。まずマドリッドのアトーチャ駅からAVEに乗ってセビーリャに出ます。

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セビーリャに到着。

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セビーリャの中心地からグアダルキビル川沿いに歩いて行けるプラサ・デ・アルマス・バスターミナルからウエルバ行のバスが毎時1本以上頻発しています。1時間程度でウエルバに到着します。スペインの景気が良かった時に整備した道路のお蔭で快適です。

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ウエルバに到着。ポルトガルに近いせいか、ポルトガル語をよく耳にします。ここからバスに乗りコロンブスが第一回航海へ出発したパロス港、コロンブスの航海をサポートしたラビダ修道院を経由してモゲル まで30分。

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モゲルに到着。街はプラテーロだらけ。プラテーロ地図とポイントがたまるプラテーロ・パスポートを手に関係各所を回ります。

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アンダルシア地方といえば果て無く続くオリーブ畑。

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アンダルシア地方を舞台としたプラテーロがなぜロバなのかというと、ロバはオリーブからオリーブオイルを絞り出す際に欠かすことのできない大事で身近な動物だからです。

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まずは作品に出てくる、フアン・ラモンが育った旧ヌエバ通りゼノビア・フアン=ラモン博物館へ。こちらはスペインで最も成功している博物館だそうで、意外なことに様々な国籍の大勢の人が訪れていました。裕福なワイン商の息子として生まれた自身のリベラ通りの生家についてフアン⁼ラモンは記憶がなく、愛着がないそうです。奥さんなくしては何をも成し遂げられなかったと、博物館にはゼノビアの名前が冠されています。ゼノビアという名前はスペインでは実に珍しい名前です。彼女の母や祖母もかなり変わっている名前に持ち主です。ゼノビアは体が弱く、神経質なフアン=ラモンを全面的にサポートしました。名前についてはフアン・ラモンは、フアン・ラモン・ヒメネス・マンテコンのフルネームのうちもう一つの名字マンテコンを、マンテカーダともじっていじめられるのが嫌だったため一切用いることがなかったそうです。

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CIMG2537 (640x480)『プラテーロと私』の初版。フアン・ラモンは右側の装丁を希望していたのですが、担当していた友人に騙され左側で出版され、大変悔しがったそうです。本で得た収入は「自分が楽しんで書いたものでお金はもらえない」とし、印税を受け取ったり、困窮していても申し出るということができなかったそうです。

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そんなフアン・ラモンをフォローしたのがゼノビア。彼女はプエルトリコで財を成した大金持ちの娘でした。当時としては珍しくアメリカの大学で学び、外国語が堪能でフアン⁼ラモンを病院に連れていけるよう車の免許をとった当時のスペインで突出した女性でした。結婚に反対され、経済的に生活を支えなければならなかったため働いていましたが、何もせず親の財産で生活する兄たちをむしろ恥知らずであるとしていたそうです。フアン・ラモンの秘書もし、タイプライターで清書をしていました。奥の棚にあるのは各国語版『プラテーロと私』です。

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ノーベル賞受賞の知らせ(右)を受けたものの、ゼノビアの病状が深刻で代わりに友人に授賞式に行ってもらった際の写真です。

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ゼノビア・フアン=ラモン博物館を下ると、ゼノビアとフアン・ラモンが埋葬されているお墓があります。プラテーロのモデルとなったロバが埋葬されている場所はそこからさらに2キロあり、さすがに真夏のアンダルシアの中歩くことはできませんでした。

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モンテマジョール教会は中心にあります。見どころが多いので、ラビダかパロス、ウエルバに泊まるのがお勧めです。

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2015年 バルセロナ事情

日本から飛行機で、マドリッドからはAVEでカタルーニャ地方の州都バルセロナにアクセスできます。静大生には中部国際空港からマドリッドであれバルセロナであれスペインに向かうのがお勧めです。成田エクスプレスやはるかと比べて安く、東海道線から近いため早く到着します。バルセロナは15世紀まで別王国にあり、その後もカタルーニャ語というスペイン語とは異なる言語で独自の歴史と文化を育んできたため、目にする表示、耳にする言葉がスペインのその他の地域と比較して異なります。

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現在のバルセロナは、路上で見られる警察官の数はマドリッドよりも少ないですが、覆面の警察が多いせいか、治安が以前とは比較にならないくらい良くなっていました。黄色と黒のタクシーも一台一台警察に追跡されているので、何の問題もないそうです。ランブラスですら気楽に歩けます。

ランブラス

主要な観光の名所が固まっているアシャンプラ地区、ゴシック地区は全て歩いて回れます。最初の足慣らしには、より治安の良いアシャンプラ地区から、ガウディ建築、タピエス美術館などを巡るのがお勧めです。

サグラダファミリア

2ガウディ

ガウディ

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さらにゴシック地区に足をのばして、カタルーニャ音楽堂へ。ここでは毎晩コンサートやフラメンコが催されています。イベントと合わせて当時ガウディ以上に名声を博したドメネクの建築内部を堪能できます。

カタルーニャ音楽堂

サンタ・カタリーナ市場、カテドラルを通ってピカソ美術館。

ピカソ美術館

サンタ・マリア・ダル・マル教会

マール教会

バルセロネータで食事をし、今度はランブラス通りからレイアール広場、グエル邸、ダリ美術館を巡ります。

バルセロネータ

レイアール広場

メトロにも挑戦し、モンジュイックにも行ってみましょう。世界有数のコレクションを誇るカタルーニャ美術館とそこからの絶景、ミロ美術館などがあり行く価値ありです。

カタルーニャ美術館

カタルーニャでは現在闘牛が禁じられており、現在闘牛場はショッピングセンターになっています。

闘牛場

バルセロナはシーフードをはじめとして、食事がとても美味しいところです。名物のフィデウア、ベタに本場のクレマカタラナを賞味して下さい。

グルメ
フィデウア
クレマカタラナ

メキシコ・シティ(2014年メキシコ事情)

「ことばの文化」の授業でも大きく扱っているラテンアメリカ。静岡から太平洋をまたいだ対岸のメキシコ合衆国には、比較文学文化のテーマが豊富にあります。『奥の細道』を翻訳したオクタビオ・パス、静大の図書館にも多くの文献が所蔵されているカルロス・フエンテスなどの作家、菊地凛子がアカデミー助演女優賞をとったことで知られる『バベル』(Babel, 2006)の監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは、メキシコ・シティ出身で、『アモーレス・ペロス』(Amores Perros, 2000)で評価を高め、2014年に公開した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で、第72回ゴールデングローブ賞で最多7部門にノミネートされ、脚本賞、主演男優賞を受賞、第87回アカデミー賞でも最多9部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞と4部門を受賞しています。同じくメキシコ・シティ出身のキュアロンはメキシコを舞台とした『天国の口、終りの楽園』(Y tu mamá también , 2001)の監督で 、かの『ハリー・ポッター』や『ゼログラビティ』を手掛けています。マリアッチ3部作の『デスペラード』(Desperado, 1995)は、日本のテレビでも何度も放送されているお馴染です。『パシフィック・リム』(Pacific Rim, 2013)や『パンズ・ラビリンス』『ブレイドII』のギジェルモ・デル・トロもメキシコ人です。ブニュエルはメキシコを舞台に何作も映画を撮っています。でもなぜか、ラテンアメリカを専門とする教員がいて資料面でも研究体制が整っているのにもかかわらず、これまでの比較文学文化の歴史の中で、中南米の文学文化を課題研究のテーマに選んだ学生は皆無です。一人揺れ動いた学生がいましたが、最終的に妖怪比較研究をテーマに選びました…

断片的な知識しかなく、心情的にも遠いメキシコ・シティですが、日本からアエロメヒコの直行便で簡単に行くことができます。物価も安いです。ただ治安は悪いです。最近日本でも麻薬組織テンプル騎士団のトップが逮捕されたことがニュースになりましたが、毎日、新聞を読んでいると日本とは桁違いの犯罪が起きています。思わず顔をひきつらせているとメキシコ人に「新聞を読まないで」と言われました。でもルールをしっかり守り、気を付けていれば安全に旅行できます。

まずはソカロほど人がいないチャプルテペック城に向かいます。皇帝マキシミリアン夫妻やディアス大統領が住んでいました。庶民の暮らしと隔絶された場所にあり、民衆が視野に入っていないことが実感されます。格差がある分、室内装飾は見事です。国立歴史博物館には、ポスト=コロニアルの代表的な文化遺産である、壁画運動の「ディアス独裁制から革命へ」といった作品をはじめ、シケイロスの壁画などが展示されています。

チャプルテペックに入るとリスが出迎えてくれます。

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チャプルテペックに隣接してあるのが国立人類学博物館です。これまでギリシア・ローマ文明が一番だと思っていましたが、メソアメリカ文明があまりに高度で認識を改めました。トルテカ、サポテコ、マヤ、オルメカといった各文明ごとに特徴があります。

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ソカロの周辺にはディエゴ・デ・リベラ壁画館や国立宮殿があります。メキシコ革命と連動して作成された壁画は人々の集まる場所に展示されています。

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ベジャス・アルテス宮殿では、ディエゴ・デ・リベラ、シケイロス、タマヨの壁画が広々としたギャラリーに展示されています。ここで上演される伝統舞踏のショーは見逃さないで欲しいです。

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メキシコシティが一望できるラテンアメリカタワーは『最も危険な愛し方 』(Sólo con tu pareja , 1991) の舞台となりました。

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ディエゴ・デ・リベラとフリーダ・カーロの結婚披露宴の会場となったカフェ・デ・タクバ。

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伊達政宗が派遣した支倉常長が滞在したタイルの家もこの界隈にあります。素敵な場所で食事ができます。この近くのメトロ駅フアレスの近くにはハイレベルな屋台が軒を連ねています。

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テンプロ・マヨール。アステカ帝国の中央神殿です。チャックモールなどの石像群が目を引きます。大事な遺跡なのにそれをぶち抜いて水道を通したのもすごいです。

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バスですぐのところにトラテロルコ遺跡があります。アステカ最後の皇帝クアウテモックがスペインとの最後の戦いを挑んだところです。トラテロルコ広場では市民や学生が虐殺されました。

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コヨアカンに行くとフリーダ・カーロの生家をディエゴ・デ・リベラが博物館として開放した私邸があります。その徒歩圏にはリベラ夫妻と親交のあったトロツキーがメキシコで受け入れられ、住んだ家があります。結局はスターリンが放った刺客に暗殺されました。

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2007年に世界文化遺産に登録されたメキシコ国立大学。中央図書館は世界最大規模の壁画で覆われ、アステカ文明、スペイン植民地時代の圧政などが描かれています。本館にはシケイロスの立体壁画「民衆から大学へ、大学から民衆へ」があります。

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メキシコを代表する建築家ルイス・バラガンの家は色使いが面白いです。

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メキシコシティは広く、海抜2300メートルで疲れやすくもなるので無理は禁物です。テオティワカンに行くと日差しが強く、かなり歩くので十分準備して下さい。

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メキシコの食の文化遺産も満喫して下さい。

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クエルナバカ(2014年メキシコ事情)

メキシコ・シティからバスでクエルナバカへ。まずは、1530年にアステカの征服者コルテスが、アステカの神殿を破壊し、その石材を用いて建てたコルテス宮殿です。ヨーロッパとは建材が異なるので、独特の雰囲気があります。

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中にはポスト・コロニアルの運動の代表である壁画運動のディエゴ・デ・リベラの壁画があり、スペイン人征服者の残虐さを表現しています。

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クエルナバカは、農地改革からスタートしたエミリアーノ・サパタが活躍した地です。『革命児サパタ』(¡Viva Zapata!, 1952)を見ると印象が掴めます。コルテス宮殿には、メキシコ革命の展示もあります。

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コルテス宮殿の中には、ソチカルコ遺跡の出土品も展示されています。勝者が生贄にされた球戯に用いられた輪などがあります。コルテス宮殿の横には、安くてステキなものの多い、民芸品市があります。比較の先生方へのお土産もここで買いました。

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カテドラルは1529年にコルテスが建造を命じた、アメリカ大陸最古の教会の一つです。内壁には、”Emperador Taycosama Mando Martirizar por…”と豊臣秀吉によって処刑された宣教師と日本人のカトリック教徒が描かれています。メキシコ最初の聖人フェリペ・デ・ヘススをはじめ殉教者たちは1862年教皇ピオ9世によって列聖されています。

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クエルナバカは平均気温20度の常春の街で富裕層の別荘地であることから、メキシコ皇帝マキシミリアンと妃カルロッタが度々訪れました。写真はガイドさん情報によるマキシミリアンが恋人(男性)と逢引した秘密の通路つきの東屋です。マキシミリアンはメキシコ人に嫌われているものと思っていましたが、大きなマキシミリアン展があったり、好きだという人がいたりで闇雲に旧宗主国が嫌われているわけでもないようです。

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ランチにはポソーレを。

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ユカタン半島(2014年メキシコ事情)

ユカタン半島では、メル・ギブソン監督のマヤ語を用いた映画『アポカリプト』( Apocalypto, 2006)を誰もが話題にしています。ハリウッドが来たこと、そしてマヤ語が間違いだらけだったことが衝撃だったようです。スペイン人は布教のためマヤ語とスペイン語の対訳を作っており、それを基にするなどしてマヤ語は解読されています。現在はマヤ語の学校もあり、スペイン人との混血が進んでいます。しかしマヤ語を用いた地名をつけることは許可されず、メリダの地名が番号のみなのが別の側面を見せています。ユカタン半島のスペイン語は甘くて縮小辞とleísmoを多用していました。

マヤ文明の中心地チチェンに行くため、メリダを起点にします。メリダから様々なエクスカーションができます。全てホテルで案内してくれます。DFからメリダまで飛行機が便利です。ヨーロッパと異なりユカタン半島をバスで移動すると車窓からの風景がひたすら密林で変わり映えしないまま何時間も過ごさなければなりません。ユカタン人類学博物館が郊外に移動しているので要注意。ユカタン半島最大のカテドラルは必見。演劇や舞踏などのイベントも多いので、起点だけにするには勿体ない街でした。

メリダからまず、チチェン・イツァーへ。チャックとククルカンが多く描かれています。ピラミッドは巨大なカレンダーです。

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戦闘部族トルテカ人と融合するまでは、チチェン・イツァーでは生贄がなかったそうです。河川がなく、水は貯水槽とセノテ頼りです。生贄が沈んでいるセノテですが、暑いユカタン半島を回って泳ぐと気持ちいいです。

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プウク様式のウシュマルやカバーも近いです。チャックを祀っていますが、またチチェンとも異なる趣きです。

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コズ・ポープは圧巻。

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宿泊には比較文化講読でも扱ったアシエンダを選ぶと、雰囲気を植民地時代の雰囲気を楽しめます。

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DFから帰国するために、飛行機が頻発している超観光地カンクンを経由します。ここの言語の階層化は僅かな滞在でも露わです。マヤ語の上にあるスペイン語、その上位言語に英語があります。最大の顧客アメリカ人に支配されている格好です。ムラートは英語を話すなどのエレメントをかき集めて、カスタの上にいるような印象付けに必死でした。それはホテルゾーンのことで、セントロに行くとかなりリーズナブルです。それでもマヤ人と観光客では適応される法が異なるなど強い差別があるようです。スペイン支配下における階層化ですが、それがその支配を離れても解消されず、また解消する気もないことが印象的でした。

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ユカタン半島の料理には意外にもチーズが使われます。あとは葉っぱでくるんだ料理がポピュラーです。半島なのに魚嫌いばかりで魚料理がありません。魚のにおいがだめだそうです。カンペチェだけシーフードを食べるそうです。

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ロンドン(2013年イギリス事情)

イギリス文学文化は比較文学文化の学生が好んで選ぶ卒論テーマです。日本人は英文学で育っているので、イギリスには即座に親しみを覚えるはずです。かつての大英帝国として広大な領域と関わり、今も人が移動し、文化が集まるイギリスの首都ロンドン。フォトジェニックで、ピクチャレスクすなわち写真的というヨーロッパの美学に一致するように庭園や街が設計されています。日本はをのような観点から街を作っておらず、美学上に則った景観ではないため、ただ歩いていても空間そのものが比較の対象になります。また新しいものと古いものが絶妙なバランスで共存しています。

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中心部のホテルが予算内で取れず、ロンドン塔の川向いにあるホテルで妥協したのですが、ニューオープンでサービスもよく、一般のサラリーマンが多くて治安も良かったです。空港からのアクセスもよく、中心にもジュビリー・ラインですぐです。鉄道のロンドンブリッジ駅も近く、カンタベリーやドーヴァーに出るのも気が楽です。切り裂きジャックが出てきそうな通りを抜けたところにあるテムズ河畔には人気のレストランが多く、ディケンズが行きつけだった有名なナショナル・トラスト管轄の歴史のあるパブ「ジョージ・イン」も近いです。このパブの南隣のトルボット・ヤードは、チョーサーの『カンタベリー物語』の29名の巡礼者がカンタベリーへの旅に出立した「タバード・イン」があった場所として有名です。

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ロンドン塔が一番近い観光スポットなので到着後すぐ向いました。直行便があり、いい時間帯に到着するので体が楽です。ロンドン塔は、シェイクスピアの『リチャード3世』が王子たちを殺害させ、数々のアカデミー賞を受賞した、ヘンリー8世離婚問題を扱った『わが命つきるとも』(A Man for All Seasons, 1966)のトマス・モア、『ブーリン家の姉妹』(The Other Boleyn Girl, 2008)をはじめとした、映画やテレビドラマの題材となっているアン・ブーリン、キャサリン・ハワード、夏目漱石の『倫敦塔』や堀北真希主演の舞台「9daysQueen~九日間の女王~」で知られるジェイン・グレイなどが処刑されています。かのエリザベス1世もトレイターズ・ゲートをくぐっています。それ以外にも聖ポール大聖堂、バラ・マーケット、グローブ座が徒歩圏です。

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勿論徒歩圏の外にも出ます。オイスターカードがあると気軽に公共交通機関が使えて便利です。まずは、世界三大博物館の一つ大英博物館。とんでもない大物を大量に見ることができます。それからナショナル・ギャラリーとナショナル・ポートレードギャラリーなど。美術館や博物館が無料なのが嬉しいです。静岡県立美術館の「夏目漱石の美術世界 文学から観る、美術から読む」展を鑑賞した後だったので、ターナーやミレイをみる上でたのしみが倍増しました。あとはビッグ・ベンウェストミンスター寺院、バッキンガム宮殿etc.を見物します。

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演劇鑑賞もロンドンでは欠かせません。ロングランの作品でもとれない場合が多いので、日本から事前の予約がお勧めです。ハー・マジェスティー・シアターの「オペラ座の怪人」は劇場内の空間も含めて鳥肌ものです。「レ・ミゼラブル」もよいです。

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必ずお土産にとせがまれるのがプレミアリーグのグッズ。チェルシーのを求めてスタンフォード・ブリッジへ。日本人の好みに合うデザインで助かりました。

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湖水地方(2013年イギリス事情)

文学史的には湖水地方を背景に作品を書いたイギリスを代表する文学者で詩人のワーズワース、文化史的には『ピーター・ラビット』で知られる作家ビアトリクス・ポッターが愛した地として有名な湖水地方。

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超観光地なので、ロンドンからアクセスも楽。乗り換えがありますが、大勢の観光客についていけば問題ありません。ウィンダミアとボウネスはかなり観光地化されていてそれなりにがっかりします。ビアトリクス・ポッターの名前を出すと、湖水地方の方たちにはうんざりされ、『ピーター・ラビット』に関する温度差を感じます。激しく観光地化されてるとはいえ、素敵なB&Bやマナーハウスが色々あります。

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かなり人工的なビアトリクス・ポターの世界

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湖水地方も観光地化された所を少し離れ、ヒルトップ農場やホークスヘッドまで出るとポターの挿絵の風景に存分に浸ることができます。パブリック・フットパスは素晴らしいシステムです。長距離を歩く予定の場合は装備が必要。特に雨が急に降ってきたりするので、ポンチョなどを入れておくと便利です。徒歩で回るのには限界を感じ、一応日本と同じ左側通行なので、国際免許証を持って行ったのですが、AT限定車のレンタル自体ありませんでした。あとかなりスピードを出すので、運転自体が恐ろしく感じました。

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