カテゴリー: おすすめの場所(海外)

パンプローナ(2012年スペイン事情)

外向きにはヘミングウェイの『日はまた昇る』の舞台であり、日本では牛追い祭りで有名なパンプローナ。サンティアゴ巡礼路のフランス門があるところでも知られています。

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内向きには、エブルー朝にアイデンティティーを求め、ナバラにはシャルル高貴王の像や他のエブルー朝の人物にゆかりの地名が多くあります。

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フランスと国境を接し、メトロポリタンなサンティアゴ巡礼路が通っていることから、文化水準が高く、文書館も本屋も宝の山です。

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パンプローナに来たら、ぜひオリテに寄って下さい。バスが頻発していて行きやすいです。王宮が見もので、スペインにはない、フランスの自然をモチーフにした装飾が印象的です。

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村おこしでローマ時代の発掘調査と展示が盛んですが、あまりローマ化が進んでいないので、がっかりなものしかないのもまた一興。

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フランスとスペインのいいとこ取りのナバラは美食の都。どこで何を食べても驚きのおいしさです。人が沢山入っているところならば、バルでもレストランでも間違いありません。

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ソリア(2012年スペイン事情)

最早、『地球の歩き方』にも載っていないソリア。「何しに来たの?」と現地の方に不思議がられます。基本的にすることのない、時間が止まったような街です。

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とはいえここは98年世代というスペインの文学運動における主要人物の一人、アントニオ・マチャードが教師をしていたことで知られます。いたる所にマチャードのゆかりの場所の説明や像がありました。静大の図書館にもマチャードの詩は所蔵されています。

ヌマンシア博物館。誰もおらず、許可を得て、写真撮り放題、触り放題で堪能できました。

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ガイドブックの情報がない場合は、タクシーの運転手さんに美味しいお店を聞け、は日本もスペインも共通するところ。教えてもらったお店が素晴らしくて、滞在中通い詰めました。

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バリャドリッド(2011年スペイン事情)

昔は、マドリッドからバスで2時間半かかりましたが、現在はAVEが通り、ローマの水道橋で有名なセゴビア経由で1時間弱で着く、便利な場所となりました。

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博士号をとるまでの通算5年以上お世話になったバリャドリッド大学です。私が在籍していた時は、街の中心の古いキャンパスが哲文学部で雰囲気がありました。

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現在は郊外、といっても歩いて15分ぐらいのところの新しい校舎を使っています。

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ルームシェア募集の掲示。どの大学にもあります。スペインのアパートは生活用品が備え付けてあるので、気が楽です。日本より寮も充実しています。

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博士論文の指導教員、マリア・イサベル・デル・バル・バルディビエソ先生と。女性初のレアルアカデミア(歴史)の会員で、副学長を長くされていました。

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ボナチア先生とフアン・カルロス先生にもとてもお世話になりました。

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ファサードが壮観なサン・パブロ教会。すぐ傍にフェリペ2世が誕生したピメンテル宮殿があります。

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バリャドリッド滞在時に、ホセ・トマスのsol y sombraのチケットがとれたのは最高に運がよかったです。闘牛を見るとき、solは地獄です。必ずsombraかせめてsol y sombraにしましょう。

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またこの時期、タパスのフェリアがやっていてそれぞれのバルが様々な趣向を凝らして提供してくれました。長く住んでいたので美味しいお店をたくさん知っています。関心のある人は尋ねて下さい。

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Rivera del Duero

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肉食系女子にはたまらない、お肉の美味しいカスティーリャ地方のレストランでlechazoを食べていたら、スペインの雑誌で肉食系として名をはせているフランコ将軍の孫娘も食事をしていました。

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ポンフェラーダ(2011年スペイン事情)

2014年度に続き2015年度の比較文化基礎論では、騎士道物語を扱いますが、ポンフェラーダは、テンプル騎士団の街です。

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またサンティアゴの道の途上、イベリア半島最高峰にも近い街です。

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ガリシアとアストゥリアスにほど近いため、プルポ・ア・ラ・ガジェガやシードルが美味しいです。

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ローマ時代現地住民を総動員し、瞬く間にローマに鉄鉱が運び出されてしまったラス・メドゥラスも近いです。

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ハランディージャ・デ・ラ・ベラ(2011年スペイン事情)

教科書でお馴染のヨーロッパの覇権を握ったスペイン最盛期の王カルロス1世(神聖ローマ帝国カール5世)が晩年を過ごしたユステ修道院の準備ができるまで過ごした城。幼少期を過ごしたベルギーのヘントの城を模して造らせたもので、実物とよく似ています。現在スペインで一番美しいパラドールといわれ、宿泊することができます。アクセスが厄介でカセレスから一日一本しかバスが出ていません。プラセンシアからならもっとあったような…

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グルメで痛風病みのカルロス1世は、引退後に過ごす場所を親友のプラセンシア伯に探してもらい、選ばれたのがベラ渓谷。確かに大変食べ物が美味しいところでした。ブニュエルの「糧なき土地」の舞台となったラス・ウルデスが近いのですが、ここも現在特上のオリーブオイルで有名な場所となっています。

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街では子供が自転車で祭りの闘牛の練習をしていました。

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現在「サンティアゴ・デ・コンポステーラの道」やイタリアの「サン・フランチェスコ・デ・アッシジの道」などウォーキングがブームですが、ここにもハランディージャからユステ修道院をつなぐ「皇帝の道」があります。農園や小川を見ながら清々しく歩くことができます。ただ7キロ程あるので、準備はしっかりして下さい。

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ゴールのユステ修道院。

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トルヒーリョ(2011年スペイン事情)

インカ帝国を滅ぼしたピサロの故郷。ピサロ博物館や成功してから建てられた邸宅から、コンキスタドーレスになるしかなかった環境と、その後の新大陸での成功をコントラスティックに感じることができます。

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グアダルーペ(2011年スペイン事情)

コロンブスが新大陸のインディオたちを連れてきて初めてキリスト教徒に改宗させたのがグアダルーペの修道院。「全スペイン世界の守護聖母」が祀られています。この修道院は宿泊することができます。

グアダルーペ修道院(コロンブスが原住民に初めて洗礼を受けさせた場所) (640x480)

 

知らない修道士も多いのですが、ここにはカスティーリャ王エンリケ4世不能王が母親のマリア・デ・アラゴンと眠っています。

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グアダルーペの人は素朴ですが温かみがあります。

ミガス料理、モルシージャ、カタツムリ、鱒などがメニューによく見られます。物価も安く、量も多いです。

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カセレス(2011年スペイン事情)

カセレスはローマ都市で、エストゥレマドゥーラ地方の交通の要衝です。スペインで一番美しいパラドールがあるといわれているハランディージャ・デ・ラ・ベラに行くために立ち寄りましたが、カセレスの街全体も中世の世界さながらの美しさです。

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そのためか、カスティーリャ女王イサベル1世をヒロインとした人気テレビシリーズ「イサベル」のロケ地となっていて初回のセゴビアでの戴冠の撮影に居合わせることができました。

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カセレスは農作物が豊かなところです。友人宅で新鮮な野菜でガスパチョ作り。日本のトマトよりみずみずしいので、水を足す必要がありません。

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ハバナなど(2009年キューバ事情)

2010年度、そして2015年度の前期に静大の比較文学文化コースで集中講義をして下さる東京大学の柳原先生が翻訳されたチェ・ゲバラやご専門のカルペンティエール(静大附属図書館にも多くの作品が所蔵されています)のキューバ。ゲバラの娘のアレイダ・ゲバラは医療技術提携で静岡に度々来ています。

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中南米初心者向けだという言葉を鵜呑みにして、当時はアメリカとの国交正常化が考えられなかった時期で、第三国経由で行ってきました。初の共産主義国でホセ=マルティ空港に到着するなりカルチャーショックだらけでした。全く舗装されていない道路、ガソリンがないので動力が文字通り馬力や犬力?なこと、「壊れている橋」と注意書きがあるのにどんどん渡るし、流通がないのでインフォーマルセクターがものすごく発展していること等々。あと、アメリカから経済封鎖されるとこんなに物資がないのか、ビザもアメリカンエキスプレスも使えないのか、コーラもパンも近いアメリカから輸入できないと模造品ばかりになるのか、と目の前が真っ暗になりました。親米のバティスタ政権が倒された、と教科書で一行出てきますが。スペイン帝国→アメリカ合衆国に支配される中での貧富の格差はハバナで一目瞭然です。

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資源のないキューバは食べていくための競争が激しく、また元々「カリブ海の真珠」と呼ばれた芸術レベルの高いところ。国立バレエ団は施設はボロいですが、バレリーナは超一流でした。

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キャバレーもまた然り。郊外だったので、ホテルで手配してもらいました。

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キューバ革命の英雄カストロとゲバラが握手を交わしたバル。外国人観光客を見ると親切にされる代わりにチップを激しく要求されるのでへとへと。ただ情報をお金で得ると思えば、一つの手にもなります。

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革命広場

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ハバナ大学 入学するなりカストロの党に入らなければならないそうです。

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世界遺産トリニダー

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サトウキビ農園があって風光明媚で、インディオの奴隷が逃げた洞窟のあるビニャーレスの谷。

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バラデーロ。当時はヨーロッパ、特にスペイン資本が入って開発されていたので過ごしやすかったです。今後アメリカが入ってきたら、またがらりと変わってしまうかもしれません。カリブ海の美しいビーチにはロシア人の家族が遊びに来ていました。日本にとってのアメリカはキューバにとっては中国です。

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マングローブの間を泳ぐこともできます。蛇と蚊が多いです。キューバには物資がないので、蚊よけのスプレーやリップクリームは持参した方が無難です。ちびた石鹸や鉛筆をあげると現地の人がとても喜ぶので持っていけばよかったです。

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蒸気機関車でマナカ・イスナガに行き、サトウキビ奴隷監視塔に行きます。奴隷労働を体験しましたが、少しの時間でもとても辛いです。

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在キューバスペイン公使一家と回ったグアマ。海が植物の色素で茶色く、ワニがいます。食事もワニです。キューバには自然遺産が沢山あります。

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狩られないように声がでないフィーフィー

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